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映画「天気の子」を観て学んだ一つのこと〜目の前のたった一人を守ること最優先にしても良い〜

座って本を読んでいると睡魔が猛烈な勢いで

眠りの世界へ誘おうとしてくるので、

なるべく立って本を読んでいるんですが、

本を読んでいるのか、ストレッチしているのか

分からなくなる時があります。

 

どうも、くす太です。

 

2021年1月3日に初めて地上波で放送された映画

天気の子

を録画していたので、先日、じっくりと一人で鑑賞しました。

 

 

映画「天気の子」 

止まない雨はない。

こんな言葉を聞いたことがありますが、

いつまで経っても降り止まない雨の世界で

繰り広げられる不思議な出来事、

突然に偶然に出逢う主人公の男女。

 

不思議な力を持つ少女と、

地元から家出のような形で都会に

出てきた少年の物語。

 

人間味が溢れ、それぞれに背景がある

魅力的なキャラクターたちが登場し、

主人公の男女と関わりながら、

物語は進んでいきます。

 

本記事では、映画「天気の子」の内容や

感想などではなく、映画を観て学んだ

ことについて書きたいと思います。

 

※ネタバレもありますので、

 まだ観てないよって方は各自で

 ご判断ください。

 

 

「天気の子」を観て学んだ一つのこと

映画「天気の子」で学んだこと。

 

その他大勢を優先して、目の前の一人が犠牲に

なることは仕方がない。

ではなく、目の前のたった一人の大切な人を

最優先にしても良いってこと。

 

物語の内容がないとよく分からないと

思いますので、ネタバレになっちゃいますが

少しストーリーを書きます。

 

不思議な力を持つ少女。

この不思議な力というのが、少女が

祈ると雨を止ませることができる

というものです。

雨を止ませる以外にも、雷を落としたりも

できちゃうという。

いわゆる天候を操る感じですね。

(ワンピースで言うなれば、泥棒猫のナミですね。)

 

 

この天候を操る力は、少女の母親が亡くなる時を

同じくして、ひょんなことから得た力なんですが、

この力はやっぱり無制限に、無条件に使えるわけ

ではなく、古からの伝承にあるようで、天への

生贄となることで、止まない雨が止んで天候は

正常に戻るという展開になります。

 

ですが、なんで少女が生贄にならないといけない

のか。世界の為に一人犠牲にならないといけないのか。

少年は地元から都会に出てくることで出逢った

たくさんの人たちの力を借りて、自らも急激に

成長して、運命に抗って、なんとか少女を救い出すんです。

 

救い出した時は「よっしゃーー!」って感じに

なりましたが、天への生贄がなくなったので、

天候は変わることなく、雨は降り続け、世界は

これまでと違った環境となります。

なんだか新型コロナウイルスが蔓延することで

生活様式がガラリと変わった、まさに現在の

世界みたいに変わるんです。

 

いつだって降り止まない雨の為にどこもかしこも

水浸しになっている。

 

少女を天から救い出した少年。

そこから3年が経過して、物語はクライマックスへ。

※なんで3年の月日が経ったのかは本編をご覧ください。

 

 

久しぶりに再開する少年と少女。

あの頃と関係は変わることなく、再開を喜び、世界は

あれから変わってしまったけれど、ともに世界にいる

ことを、再開できたことを祝福するような形で

映画は完結します。

 

簡単にはなりますが物語のネタバレを書きましたが、

こんな感じの展開をしています。

 

冒頭に書いたように、本作を観て学んだことは

その他大勢の為じゃなく、自分の為、目の前のたった

一人を最優先に選んでも良いんだってことです。

 

最近では「利己よりも利他」、

「ギブandテイク」よりも「ギブ・ギブ・ギブ」

といった自分よりも他の誰かに貢献することで

回り回って自分に返ってくるよっていうのが

トレンドになっていますが、映画「天気の子」からは

目の前のたった一人という利他ではあるんですが、

これは明らかな自分の意思を最優先させた利己

です。

 

でも、それが悪いわけじゃなく、利己を優先した

としても、世界はそんなことは関係なく、最適な

状態で適応していくもので、結局は自分がしたい

ことの為には何を選択していかなければならないのか。

 

そんな話でもあるんだなと思いました。

長々とした内容になってしまいましたが、

最後までお読みくださり、ありがとうございます。

 

まだ映画「天気の子」を観られていないはぜひご覧ください。

 

 

では。